経営には心・技・体(経営理念)(経営戦略)(行動)が必要

3つの要素がそろって初めて経営は成り立つ、一つの要素が欠けてもバランスが悪くなる

理念と戦略と行動これを読まれているあなたは、経営者やリーダーの方だと思います。したがって、経営理念だけではなく、経営をするうえで必要となるもう少し大きな全体像を見ていきましょう。

経営をするうえでの考え方をこのように階層に分けて表わしました。

(1)経営理念
(2)経営戦略
(3)行動

経営において必要な要素を「心・技・体」に分けるとすると、その比率は、次のようになるのではないかと思っています。

(1)心(=経営理念) 40%
(2)技(=経営戦略) 30%
(3)体(=実行) 30%

「経営理念だけを唱えても、戦略と実行が伴わなければ成果は出ません」
「経営戦略だけをつくっても、理念と実行が伴わなければ組織は動きません」
「実行だけをがむしゃらにやっても、理念と戦略がなければ効果が出ません」

松下幸之助氏は「経営戦略を確立すれば経営は50%うまくいく」と話されたそうです。経営をする根本となる、価値観、原理原則、信条、判断基準などをはっきりさせることで、社員全体のベクトルが合い、ブレがなくなるからだといえます。

さらにもう少し具体的な仕事のルール、方向性を指し示す戦略が30%の比率でその上に乗る。そしてその上により具体的な実行が30%の比率であると考えるとわかりやすいのかもしれません。つまり、心・技・体=理念・戦略・実行の3つがそれぞれ大切なのですが、一番の根本となる経営理念の比率がやはり多くなる、ということです。理念とは信念、哲学、原理原則です。戦略とは戦い方のルールです。戦略を決定するためには理念が必要です。ところがある意味、理念でもあるが戦略ともいえるような内容のものがあります。

たとえば、「No.1主義」。これはNo.1になることをよしとする経営理念です。しかし、同時にNo.1になるために、No.1でないことをやめるというNo.1戦略ともいえます。どこまでが理念(原理原則)でどこまでが戦略(ルール)となるのか、わからなくなる場合があります。

さらに、「経常利益率10%を目指す」。これは理念でしょうか?戦略でしょうか?方針でしょうか?「経常利益10%を目指すのは経営観としての強い信念である」といえば経営理念の一部です。また、これは経営方針であり、戦略であるといえば、そうです。さらに、「経常利益10%を目指すのはわが社の目標です」ともいえるのです。こうなると、言葉の定義も大切なのですが、「何を強く思っているのか?」を明確にしてわかるように言葉で伝えることのほうが重要だと気づきます。

経営理念がないとどうなってしまうのか?

経営理念はどの会社にもあるといえばある、といえます。実際に経営をしているということは、経営理念があるともいえます。「無意識の、強くない、社長が持つ考え」を経営理念といえば、経営理念となるからです。しかし、通常使われる「経営理念」という言葉の本来の意味は、「社長の強い意志」であり、「経営哲学、経営観」「経営の原理原則」というものです。

したがって、経営理念がないと困る3つのことはこれです。

(1)使命感の喪失=経営の目的、企業の存在意義、働く意味がはっきりしないこと
(2)方向性の喪失=どんな会社にしたいのかがわからない、ベクトルが合わないこと
(3)判断基準がハッキリしない=人や部門で判断基準が違うこと

このことにより、次のようなことが起こります。

・使命感がないと、社員の迷いや、もやもや感が多くなりモチベーションが上がらない
・方向性が見えないと、社内外から信用が得られない
・判断基準がハッキリしないと、社員の不信感、不満感が生まれ、モチベーションが下がる

「経営理念なんてなくてもいいよ」と言う人の「経営理念」とは、額に入っているだけの経営理念を指しているのだと思います。そうではなく、ここでいう「経営理念」とは、「会社の使命感、方向性、判断基準」を示すものであり、日常の仕事の中で活かされているものです。「活かされている」というよりも、「経営理念をもとに仕事がされている」と言ったほうがいいのかもしれません。経営理念を実現するために、いまの仕事をしているということです。

もともとは「経営理念」を実現するために、「仕事」があるのであって、「仕事」をするために「経営理念」があるのではないということです。「経営理念」の実現が「目的」であり、「仕事」はそのための「手段」なのです。「仕事」が「目的」であり、「経営理念」の実現が「手段」ではないのです。

「生きる」ために「食べる」のであって、「食べる」ために「生きる」のではないというのと似ています。ちょっと哲学的になってきました。つまり、「目的」をはっきりさせることが大切なのです。そうでないと、なんとなく仕事をして、なんとなく経営をして、なんとなく生きて、そして死んでゆくということになりかねません。

経営理念は社外に発信するためにあるのか?

経営理念は社外に発信するためにあるのか?同じように、「経営理念を社外に発信するためにつくる」という話も聞きます。しかし、これも「社員のモチベーションを上げるために経営理念をつくる」という考え方と同じで主客が転倒しています。

社員のモチベーションが低いので、経営理念集をつくり、社外の人にも発信して社外の人からホメてもらうことでモチベーションを上げるというやり方をとる会社もあります。たしかに、カッコいいデザインのロゴをつくり、こぎれいな経営理念集をつくって全社員に配り、社外の関係者にも配れば経営理念に関する情報の発信にはなります。しかし、旅行のパンフレットと同じように配られたときには見るのですが、すぐに引き出しの中にしまわれるか、ゴミ箱の中に行ってしまうということもあります。

社外に発信するために経営理念をつくるというのは、社外に発信するという「目的」のために経営理念という「手段」を使うことになります。そうではなく、経営理念をつくり、社外の人にも見てもらうことで、(1)自分の会社を理解してもらう、(2)自分の会社を応援してもらう、(3)自分の会社を監視してもらうことになるのです。あくまでも、それは結果です。

しかし、経営理念を発信しなければ社外の人は、どんな考えで経営をしているのかがわかりませんから、発信することは非常に大切なのです。また、経営理念を発信することで、理解してもらい、応援してもらうことが可能になるわけです。さらに、人間は弱いので社内外に高き理念を発信することで、自分自身を縛り、有言実行をしやすくするのです。

「世界のリーディングカンパニーを目指す!」と言いながら、低いレベルのサービスを提供するわけにはいきません。人は「言ったらやりたくなる」という一貫性を持っています。その意味でも、経営理念を社外に発信することで一貫性を持った行動ができるようになります。言ったこととやっていることがブレることがないように、社外の人にも見てもらいながら、いい意味で監視されることも大切です。

経営理念は経営をするためのツール、道具なのか?経営理念を、経営をするためのツール、道具のように考える人や会社がありますが、本質的には間違っているといえます。経営理念とは何のために経営をするのかといった本質的な考え方をまとめたものであり、経営を始めるにあたっての根幹です。

生きるためにパンを食べるのであって、パンを食べるために生きるのではありません。生きるという目的のために、パンを食べるという手段があり、パンを食べるという目的のために、生きるという手段があるわけではないのです。つまり、パンを食べるために生きるとなると、目的と手段が逆転してしまうのです。

同じように、経営理念を実現するために経営をするのであって、経営をうまくやるために経営理念をつくるのではありません。経営理念を実現するという目的のために、会社を経営するという手段を使うのであって、会社経営をうまくやるという目的のために、経営理念をつくるという手段を使うのではありません。

ここでいう会社経営を「うまくやる」とは言葉を換えると、「社員のモチベーションを上げて利益を出す」であり、「社外に経営理念を発信することでいい経営をしているように見せかける」となります。そこには何かあざとさを感じます。

経営とは、ロゴやデザインだけで良くなるものではありません。バブルの頃には、会社のロゴやキャッチフレーズをつくることがとても流行りました。しかし、それで会社が良くなったかと問われれば多くの疑問が残ります。ロゴやキャッチフレーズは会社を表現する一つの手段でしかありませんので、本質的に会社が成長することとは違います。

一流の企業、本物の企業は経営理念の冊子づくりにパワーや時間を使うのではなく、経営理念の本質に圧倒的な時間を使います。それはつまり、次のような哲学的な内容です。

「何のために経営をするのか?」
「どういった判断基準で経営をするのか?」
「この経営を通じて何を実現したいのか?」
「働くとは何か?」
「自分はどういった人生を歩きたいのか?」

そしてさらに、経営全般に関する考え方にも思考の範囲は広がります。

「顧客の心理とはどういうものか?」
「価格の決定とはどうするものなのか?」
「社員の気持ちをまとめるにはどうしたらいいのか?」
「この商品の果たしてきた役割はどういったものか?」
「これからどんな未来になり、どんな生活がされるのか?」

このようなビジネスを通じた心理学や未来予想などです。経営者はより広く、より深い、哲学ともいえる考えを持つ必要があるのです。そして、その思想体系をまとめたものが経営理念といえるのです。

経営理念は何のためにあるのか?

なぜ経営理念が必要なのか?

社員のモチベーションや社外への発信のためだけでなく、経営理念の本質を考える

経営理念は社員のモチベーションを上げるためにあるのか?「経営理念をつくったら、社員のモチベーションが上がってよかった」という声をよく聞きます。「私の友人の会社が経営理念をつくって社員のモチベーションが上がったので、私の会社も経営理念をつくろう」という人もいます。「自社の社員のモチベーションが低いので、社員のモチベーションを上げるために経営理念をつくろう」というわけです。

しかし、これはどこか変な感じがします。経営理念をつくった結果、社員のモチベーションが上がるのであって、社員のモチベーションを上げるという目的のために、経営理念をつくるという手段があるのではないのです。経営理念をつくることを、社員のモチベーションを上げるための手段と捉えてしまうと、経営理念づくりがどこか表面的な浅いものになります。

経営理念をはっきりさせ、経営理念をつくるという行為は、本来は経営の目的をはっきりさせることであり、会社のありたい姿をはっきりさせることであり、判断の基準をはっきりさせる行為です。社長と社員が仕事とは何か、自分自身の役割は何かといったことを深く、真剣に考えることが自分自身の精神的な成長を促します。

また、経営理念をつくるプロセスで自分の考え方を整理し、修正してゆくことや、経営というものを通じて、仕事や人間というものをより深く考え、いままで見えなかったものに気づくことが人間的な成長となるのです。数年という長い時間がかかることですが、時間がかかるからこそ意味がある。大きな木がしっかりと根を張るのに時間がかかるように、自分の思想が深まるのにも時間がかかります。1日や2日で本物の経営理念ができるはずがありません。

さらに、経営理念をつくり働く人たちが考え方を共有することで、気持ちのうえで同志となります。考え方を共有する者同士の所属感が出てきます。人は誰にでもどこかに所属したいという欲求があります。孤独でありたくないのです。家族や友人や会社という組織に気持ちのうえでつながっていたいのです。経営理念がしっかりしているということは、自分がその組織に属しているという所属感を満たしてくれます。

こういった考えの人たちが集まる、こういった社会的意義がある組織に属しているという満足感が出てきます。官僚組織、一部上場企業、名門大学などのブランドの高い組織であればでなおさらです。経営理念がはっきりすれば、そこに所属する人たちの所属感を高め、孤独感を少なくすることになります。そのことは結果的にモチベーションを上げることになるのです

経営理念とはミッション(使命)、ビジョン(将来像)、バリュー(価値観)か?

経営理念の根幹ともいえる3つのキーワードをシッカリと押さえておく

「ネクスト・ソサエティでは、トップマネジメントがそのまま企業となる。トップマネジメントの責任は、方向づけ、計画、戦略、価値、原則、構造、関係、提携、合弁、研究、開発、設計、イノベーションにおよぶ。組織としての個の確立には価値観が必要となる。ネクスト・ソサエティにおけるトップマネジメントの最大の仕事が、組織としての個の確立である。しかし、ネクスト・ソサエティにおける企業の最大の課題は、社会的な正統性の確立、すなわち価値、使命、ビジョンの確立である。他の機能はすべてアウトソーシングできる」(P・F・ドラッカー/『ネクスト・ソサエティ』ダイヤモンド社より)

ミッション(=使命)、ビジョン(=将来像)、バリュー(=価値観)、この3つ以外は、外部に出してもいい。つまり、この3つが企業の中枢であると言っているのです。ドラッカーにこう言われると、反論できる人が少なくなってしまいます。

しかし、ドラッカーの言うことが100%正しく、経営理念もミッション、ビジョン、バリューの3つにしなければいけないかというと、そうではないと思うのです。経営理念とは「経営者がどう思うのか?社員がどう考えるのか?」といったことも大切です。ですから、このミッション、ビジョン、バリューという言葉を使うか使わないかは、自社の状況に合わせて変えてほしいと思います。

ある上場企業の社長と経営理念について話したときに、「ミッション、ビジョン、バリューって使いづらいんですよね。なんとなく、しっくりこないんです。ですから、ウチの会社ではミッション、ビジョン、バリューという言葉は使っていません」ときっぱり話してくれました。それでいいのだと思います。「ミッション、ビジョン、バリューというまとめ方をしなければならない」と思うことが、思考を狭めてしまいます。もちろん、ミッション、ビジョン、バリューでまとめてもいいのです。しかし、その言葉に囚われすぎないということが大切なのだと思います。

ミッション = 使命、重要な任務、キリスト教の伝道など(『デジタル大辞泉』より)「ミッション」という言葉は、ややこしいところがあります。言う側の使い方、聞く側の聞き方で意味合いが違ってくるからです。「君のミッションは新規開拓だ」と言われた場合は、「君の任務=仕事は新規開拓だ」という意味で使われています。この場合、ミッション=任務=仕事=役割という程度のものです。「業務だからしっかりやりなさい」という感じです。

しかし、「君のミッションは世界の貧困を救うことだ」となると意味合いが違ってきます。「君は自分の命をかけて、人生のすべてをかけて世界の貧困を救うことだ」という重い意味を感じます。たとえば、国境なき医師団が自分が死ぬかもしれないがその最前線に出向いていく覚悟を感じるイメージです。「昨日つくった商品の新規開拓を君のミッションとする」というのとは重みが全然違います。

もちろん、言葉ですから人によって使い方が違っていいのですが、この「ミッション」という言葉は、どちらかというと重い意味で使ってほしい言葉です。「ミッション」は日本語に訳すと、「使命」ですから、「命を使う」という意味です。自分の「命をかけて全力で当たる」「一生かけてやり遂げる」という「覚悟」を感じさせる言葉が、このミッションといえます。

森信三氏は「天からの封書を開ける」と言います。「人は誰でも天から封書を預かって生まれてくる。しかし、その封書を開けずに人生を終えてしまう人のなんと多いことよ」と言っています。人は生まれながらに使命を持っている、人として死ぬまでに果たすべき役割がある、それを封書でもって生まれてくるということです。

では、どうすれば自分だけに与えられた封書を開け、自分の使命に気づくことができるのか?「『目の前のことに全力を尽くす』それ以外に自分の使命に気づく方法はない」と言ったのは吉田松陰です。つまり、天からの封書を開けるには、足下を掘るということです。どこかに青い鳥がいるのではないかとさまようより、「いま、ここ」を大切にすることのほうが、自分の使命に気づくことができるということです。

自分の使命に気づくとは、本当の自己に目覚めるということです。誰かに影響されて、人の人生を生きるのではなく、本物の自分の生き方に気づくということです。自分にしか歩けない、自分自身の人生を歩くということ。「覚悟を決める」「ブレない」「この道しかない」という表現が当てはまる生き方となります。

ビジョン = 洞察力、未来像、夢、幻想など(『新英和中辞典』『デジタル大辞泉』より)「ビジョン」は「ミッション(使命)が実現した姿」という表現があります。経営理念に基づいて、「こうありたい」という姿、自社が目指すイメージともいえます。日本人は昔から言葉遊びが好きです。「人生には3つの坂がある。『上り坂、下り坂、まさか』、この『まさか』という坂に気をつけましょう」という話を聞いたことがあるかと思います。しかし、これは言葉遊びです。

同じように、「ビジョン」でも、「『ビジョン経営』をしましょう!」などと言われます。「ビジョン経営」といっても、響きはいいのですが、意味がよくわからない。「『ビジョン経営』で行こう」「『ビジョン経営』の時代だ!」と言われても、言っている経営者は気持ちがいいのですが、聞いている社員はよくわかっていないということが起こります。つまり、一種の言葉遊びのようになってしまうのです。

「ビジョン経営」とは、日本語に訳すと、「夢経営」「幻想経営」です。これだとよく意味がわからない。「こうありたい経営」のほうがまだ、何となく意味が通じるかもしれない......。この「ビジョン」とは、「将来ありたい姿」「なっていたい会社の状態」と考えるといいのかもしれません。言葉を変えると、「No.1になる」「日本一になる」「世界で活躍する」という「イメージ」「願望」です。また、「目指すもの」「目指す姿」「目指す方向性」ともいえます。

【アタックスグループ「ビジョン」】
日本一の「社長の最良の相談相手」になること。

【株式会社LIXILグループ 中期経営VISION】
住生活産業におけるグローバルリーダーを目指す

【ANAグループ「経営ビジョン」】
ANAグループは、お客様満足と価値創造で世界のリーディングエアライングループを目指します。

バリュー = 価値基準、価値観、値打ち、評価、価値など(『新英和中辞典』より)経営理念で使われる「バリュー」は、「価値観」「判断基準」といってもいいかもしれません。「ミッション」という使命をもとに、「ビジョン」という将来像を描き、そこに向かって行動するための判断基準が「バリュー」です。また、行動をする基準となるものとも考えられますので、「バリュー」を「行動指針」と表現する場合もあります。

つまり、「バリュー」とは判断の基準となる考え方、「価値観」であり、その「価値観」「判断基準」に基づいた「行動指針」なのです。この「バリュー」は、さまざまな言葉で言い換えられています。たとえば、「行動指針」「信条」「クレド」「社是」「社訓」「ガイドライン」「ウェイ」などです。こういった言葉は、絶対にこの言葉でなくてはいけないというものではなく、それぞれの会社に会った言葉で、わかりやすいものであればいいのです。

「価値観」「バリュー」を決める社長のフィーリングに合う言葉、経営理念をつくり込む社員の考え方に合う言葉、社外に発信するときに社外の人にわかりやすい言葉でありたいものです。カッコいい言葉ばかりを求めて、本質を見失わないようにすることが大切です。そのひと言があれば、社員全員がこうすればいいとすぐにわかるような言葉が最適です。

読売巨人軍のオーナーであった正力松太郎氏は「巨人軍は常に紳士たれ」「巨人軍は常に強くあれ」「巨人軍はアメリカ野球に追いつき、そして追い越せ」という3つの遺訓を残しています。この言葉は、そのあるべき姿、ありたい姿を表わす、わかりやすい表現だと思います。企業経営だけでなく、プロ野球の選手のあり方においても、価値観、経営理念というものが生きている例といえます。

経営理念は「なぜ?」に答えるためにある

「なぜ?」と深く掘り下げて考えることは哲学していることになる

【質問】経営理念は何のためにあるのですか?

この質問に対しての答えは、経営理念は「なぜ?」(WHY)に答えるためにあるといえます。

「われわれはなぜ働いているのか?」
「われわれは何のために生きているのか?」
「なぜ、この仕事をするのか?」
「なぜ、ここまでやるのか?」

こういった質問に対しての答えが「経営理念」といえます。それは、働く理由、生きている理由、がんばる理由です。言葉を変えると、労働観、人生観などの「世界観」ともいえます。「なぜ働くのか?」という働く理由は、労働観ともいえます。そして、「なぜ働くのか?」を突き詰めていくと、「なぜ生きているのか?」「自分はどう生きたいのか?」「どんな人生でありたいのか?」という人生観に至ります。

このように物事に対して「なぜ?」と突き詰めていくことを「哲学」と呼びます。したがって、経営理念とは経営哲学であるといえるのです。

創業をするときに強い意志を持って、「私はこういう経営をする!」という経営理念で会社を始める人もいるでしょう。2代目でなんとなく跡を継ぎ、仕事をするうちに壁に当たり、「仕事とは何だろう?」「社員は何で働いていてくれるんだろう?」と悩み苦しんで経営理念に行き着く人もいるでしょう。どんな場合でも、社長という責任の重さに押しつぶされそうになりながら、自分なりに「何でこうなるんだろう?」「どうしたらいいのだろう?」と悩んだ末の自分なりの答えが、経営理念なのではないでしょうか。

ここでのポイントは「なぜ?」(WHY)です。

「なぜ?」「何?」「どう?」で経営理念を考える経営理念を考える3つのヒントは次のとおりです。

(1)「なぜ」(WHY)
(2)「何」(WHAT)
(3)「どう」(HOW)

■(1)「なぜ」(WHY)
最も重要なのが「なぜ」(WHY)です。これが経営理念の根幹となります。「目的」「理由」「本質的なもの」ともいえます。「会社をやる目的、会社をやる理由の一番の根っこ、その本質」という表現になります。「なぜそう判断するのか?」という判断基準を示すものでもあります。「なぜそう判断するのですか?」と聞かれたら、「『人として正しいことを判断基準とする』これが理由です」と答えられるものです。

「なぜ、会社を経営しているのですか?」に対する答えは、「人を幸せにするため」です。「会社は人を幸せにするための道具である」「会社は世の中に役に立つための道具である」と社員に答えてあげてください。

■(2)「何」(WHAT)
「何をするのか?」は事業の領域を示すことができます。「地域の人に安全な食材を提供する」は経営理念といえます。「私たちの会社は医療機器を通じて安心を提供します」という経営理念もあるかもしれません。たとえば、ソフトバンクグループの経営理念は「情報革命で人々を幸せに」です。「何をするのか?」というと、「人々を幸せに」する。そういう会社であろうという意思を表わしています。つまり、「何」(WHAT)は、経営理念の中でも「事業領域」「意志」「方向性」を表わすものといえます。

■(3)「どう」(HOW)
「どう」(HOW)については、次の2つがあります。

(i)存在=あり方(How To Be)
これは「わが社はどうありたいのか?」「どういう存在でいたいのか?」といったものです。

【セコムグループが実施すべき事業の憲法】
セコムは、常に革新的でありつづける。
セコムは、すべてに関して礼節を重んずる。

この場合、「私たちの会社は、こうありつづける」という会社の「あり方」「姿勢」「ありたい姿」を伝えています。"How To Be"、どうありたいか。あり方、"Being"ともいえます。

(ii)方法=やり方(How To Do)
こちらは「経営理念」というよりは、「経営戦略」の領域に入ります。どうやるか、実際のやり方、"How To Do"です。たとえば、「会社から半径30分以内だけを営業する」は、経営理念ではなく、経営戦略です。「経営理念」とは根本となる考え方、哲学といえるものであり、その考え方をより具体的に実行するやり方が「経営戦略」となります。つまり、(i)存在=あり方(How To Be)は経営理念ですが、(ii)方法=やり方(How To Do)は経営戦略になると覚えておいてください。

5W2Hの中でも、(1)「なぜ」(WHY)、(2)「何」(WHAT)、(3)「どう」(HOW)の3つが経営理念を考えるヒントになります。
*5W2Hとは「いつ・どこ・だれ・なに・どう・なぜ・いくら」、When Where Who What How Why How muchの頭文字をとったもの。

経営理念とは経営哲学である

経営理念とは、信念にまで高まった社長の思い(=哲学)でした。ですから、経営理念とは「経営信念」ともいえます。社長が持つ経営観、人生観、社会観などの価値観すべてに対して、「私はこう思う!」という強い思い、信念の集積が経営哲学です。つまり、経営理念とは、経営信念であり、経営哲学です。経営理念が哲学となるには、次のプロセスが必要です。

(1)知識として知る(考える)
(2)体験する(仕事、人生において)
(3)身につく

まずは、(1)知識として知ることです。言葉を知らなければ考えようもありません。スペイン語を聞いたことがなければ話すことができないのと同じです。なのでまず、たくさんの経営理念に目を通し、読むことが必要です。この理念には共感できるという言葉を集めることです。

しかし、それが空理空論ではいけません。実際に毎日やっている仕事を通じて(2)体験する事例を理念に照らして考えることです。ただの「いい言葉集め」だけでは実務に役立たないからです。知識として知り、実務で体験することで、その体験が言語化され、経営理念は(3)身につくのです。理念とは人生、仕事の方程式のようなものですから、体験をその考え方という方程式に当てはめて、腹に落とすことが大切です。

いま現在、あなたの考えていることが大切

人間の頭の中を図にしてみるとします

(1)はフツウにいろいろなことを考えている人の頭の中
(2)は仕事と家族のことを強く思っている人の頭の中
(3)は経営理念のことを信念にまで高めている人の頭の中 とします

(1)は、仕事のことを考える時間は少なくて、遊びのことを考える時間のほうが多い状態です。こういう人のほうが多いと思います。人は黙っているときに、「何か」を考えています。その「何か」がこういった項目になるわけです。そして、人と話すときに話す「言葉」は、その人の「思い」と同じです。思ってもいないことを人は話しません。人は思っていることを話すのです。ですから、その人の言葉を聞くと、その人の「思い」がわかるのです。

つまり、あなたの「言葉」はあなたの「思い」です。毎日、不平不満を言っている人は、不平不満という「思い」を持っているのです。毎日、経営理念を話している人は、経営理念のことを「思って」いるのです。だから、その人の「言葉」を聞けば、その人の「思い」がわかります。

毎日、「社員を幸せにしたい」と24時間365日思っている社長は、「社員を幸せにしたい」という言葉が口から出てきます。それが経営理念です。口を開けば「売上は上がったか?」「受注はできたか?」と毎日、聞いてくる社長の頭の中は、「売上が上がること」だらけです。

その人の頭の中は、その人の「言葉」でわかります。丸1年間、「売上」のことばかり話す人が、経営理念について「思っている」はずがありません。「いや、そんなことはない。本当は経営理念について深く考えていたんだ。でも、まったく口には出さなかった」ということはありえません。
「親族が病気で会社では話せなかった」ということはあるかもしれませんが、それは状況が違います。社長やリーダーは、自分が話す言葉を、丸1日録音してみると、自分が考えていることを客観的にみることができるかもしれません。

強い「思い」は「言葉」になって必ず出てきます。強い「思い」を持った、経営理念のしっかりした経営をする社長は、口を開けば経営理念、社員の幸せ、どうすれば経営がよくなるかを語ります。それは、本人が話しながら自分自身を説得する行為であり、また、社員を始め周りの人を説得する行為です。口を開けば経営理念を語り続ける人たちがいる会社の中に、経営理念は定着するのです。

経営理念とはより強くより広い「思い」

あなたが毎日、思っていることが言葉にあらわれる、思っていないことは言葉にでない

「思いの強さ」と「思いの広さ」経営理念とは、信念にまで高まった社長の哲学であり、より広い価値観の集積であるといえます。これは「思いの強さ」と「思いの広さ」で表わされるものです。タテ軸に「思いの強さ」をとるとします。思いの強さには(1)普通、(2)強い思い、(3)信念にまで高まった強い思い(=哲学)の3段階があります。

(1)普通とは、ちょっと思っている程度、たまに口に出す、普段は忘れているレベルです。
(2)強い思いとは、熱く語るもの、飲み会で話し始めると声が大きくなるものです。
(3)信念にまで高まった強い思いとは、「これが私の信念!」と言い切れるもの、不動の哲学といえるものです。

ヨコ軸に「思いの広さ」をとります。(1)経営観、(2)人間観、(3)社会観の3つとすると、3×3のマトリックスができます
それをイメージしてください

「思い」は「言葉」に現われる「思う」というと、誰でも簡単に軽く考えます。しかし、この「思う」ということが大切なのです。

【質問】あなたは今日、一番多く思ったことは何ですか?

・仕事のこと(新製品の価格、納期、顧客のクレーム、明日の資料づくり、転職など)
・お金のこと(給与、ボーナス、昇給、月末の支払い、家賃、ローンなど)
・人間関係のこと(上司の悪口、仕事ができない部下、あの言い方が気に入らないなど)
・親族関係のこと(田舎のおじいちゃんの病気、両親とのケンカ、恋人との約束など)
・健康のこと(メタボ、健康診断の結果、高血圧、うつ、ジョギングなど)
・楽しいこと(今度行く海外旅行、週末のコンサート、合コンなど)

こういった事柄を絶え間なく考えているのです。たとえば、「会議に出ている」といっても、会議に関係のないことを考えている人がいます。週末の予定を考えている人、今日の飲み会のことを考えている人、そしてただぼーっとしているだけの人もいます。体は会議室にあっても、「思う」ことが人それぞれ違っているのです。

しかし、その場にいる人は全員、「会議に出ていた」と言います。たしかにそのとおりなのですが、そうではありません。一般的には「会議に出ていた」と言うかもしれませんが、本当は会議に出ていないのです。「思い」は別の場所にあるのです。こういった会議がまさに、経営理念=「思い」がバラバラの企業の縮図です。本人たちは仕事をしているつもりですが、実際には成果が出ず、生産性が上がっていないのです。

経営の目的と手段の違い

健康のためにマラソンを始めた人が、走りすぎて体を壊すことがあります。本来の目的は「健康になること」。そのための手段としてマラソンをします。しかし、いつの間にか手段であるマラソンが目的化してしまい、本来の目的である「健康になること」にマイナスとなることがあるのです。

さらに、家族が心配して「体調が悪いなら今日はマラソンをやめたら......?」と言っても、「うるさい!俺はランニング距離の目標を決めているんだ」とケンカになったりもします。目の前の手段であるマラソンに熱中するあまり、もともと求めていた健康のためにという目的からまったく逆の方向に向かってしまう。笑い話のようですが、実はよくある話です。一生懸命やるあまりに、目的と手段が逆転するのです。健康や家族など大切なものを失って初めて気づくのです。

「あれ、何のためにこれをやっていたんだっけ?」

経営は人がやることですから、同じようなことが経営でも起こります。一社員が健康のためにやるマラソンで手段と目的を間違える程度ならまだいいのですが、経営者が経営の手段と目的を間違えると、社員が不幸になります。

経営のステージによっても目的が違います。初めのステージは食べるために売上を上げることだけの場合もあるかもしれません。しかし、経営のステージが上がれば社長の経営理念も変わります。たとえば、経営の目的が「社長の自分が金持ちになるため」だとします。すると、社員は社長が金持ちになるための手段になります。社員を安い給与で働かせて、社長だけがお金持ちになる。「あの社長の年収は1億円!」といって雑誌やテレビで、もてはやされているような話です。ある社長の豪邸に社員が行ったら、「ああ、この柱はわたしが働いたお金でできている」とつぶやいたそうです。

しかし、社長にしてみると、「オレがつくった会社でオレが儲けて何が悪い!」「オレの会社だ!文句言うな!」となります。これでは社員が不幸です。「経営の目的が社員の幸せではない」という会社の例です。

一方、経営の目的が社員を幸せにし、社会に貢献することであれば、会社は社員を幸せにする手段=道具です。利益も同じように手段=道具です。つまり、経営の目的が違えば経営のやり方が180度違ってくることになります。経営の目的が、「自分が金持ちになりたい」という社長の利己ならば、社員と会社はそのための道具です。一方、経営の目的が、社員を幸せにすることであれば、お金は道具となります。

ある社長が、自分が金持ちになるために会社を始め、給与が1億円となったとしても、どこかで考え方が変わる瞬間があるのかもしれません。「何かが違う、このお金は自分のものじゃない、お金のためだけに働くのはおかしい」と気づき、「社員を幸せにするために経営をしよう」と考え方を変えるかもしれません。

毎日、行なわれている仕事の内容はまったく同じでも、社長の考え方が変わった瞬間に経営の内容が180度まったく変わるということも起こり得るのです。経営のステージが変わることで、経営理念が変わり、会社の中身が変わるのです。

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