経営理念と赤字

「企業が赤字となれば、これは単にその会社の損失というにとどまらず、社会的に見ても大いなる損失である。赤字をだしたからといって、その企業が法的に罰せられることはないが、私は、その企業は社会に対して、一つのあやまちを犯したのだという厳しい自覚をもってしかるべきだと考える」(松下幸之助/『なぜ』)

会社とは幸せを実現するための道具です。社員が幸せになるための組織です。社員の物心両面の幸福を追求するためには、まず物心の「物」、つまり生活を安定させる経済的な豊かさが必要となります。

したがって、企業は収益を出し、社員に給与を支払わなければならないのです。そのためには企業は黒字である必要があります。赤字となれば社員への給与が払われなくなる。それでは社員の幸福を実現することができないからです。ですから、企業は社員を幸せにするためにも、会社が存在する意味を持つためにも黒字でなくてはならないのです。しかし、この視点は自分の側の視点です。一人称の視点ともいえます。

それをさらに別の視点、社会の視点から企業を見ているのが松下幸之助氏です。つまり、世の中にとってどうかという三人称の視点です。

企業とは公の器、社会の公器である。したがって、そこで使われる土地、建物、商品、そして働く人や働く人が使う時間までもが社会の資源と見ることができます。ある意味では、日本国の財産です。その資源を経営に使って赤字を出すとは何事かと言っているのです。たとえば、そこで使われた人や時間を別の会社で別の仕事に使っていたら、もっと生産性の高い、付加価値のある仕事ができたのではないかということです。

赤字企業で働いていたがために、価値ある資源が無駄に使われてしまったことになる。もし高収益企業で働いていたなら、より高い生産性でより付加価値の高い、より人に喜んでもらえる仕事ができたのではないかということです。

田中さんが赤字企業A社で働いた10年間と、黒字企業B社で働いた10年間では、本人の幸福度も社会的貢献度も違ってくる。黒字企業B社で働いたほうがより多くの物的幸せを手に入れ、より高い生産性でより多くのものを生み出したとすれば、赤字企業A社は「社会に対して価値を生まなかった」という過ちを犯したといえるのではないかということです。

つまり、企業を経営するということは、社長個人の好き嫌いを通り越して、社会的な影響をつくり出すのです。企業が大きくなればなるほど、社会的影響が大きくなり、いい方に働けばよりいい影響になり、悪いほうに働けばより悪い影響を生み出すのです。

したがって、企業は黒字でなければいけない、赤字であることは罪悪であるという考え方、強い信念を持たなければならないのです。「われわれは高収益企業を目指す」「われわれは赤字を罪悪と心得る」という経営理念があってもいいのかもしれません。

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